第2章:実際のトラブル事例から見る失敗要因とその解決策
問題解決にあたり
人工光型植物工場でのレタス栽培は、露地栽培と比べると2倍~3倍の早さで成長します。 栽培環境が適しており、しかも変動が少ないことが要因と考えられます。
生育速度が速いのは植物工場事業に良いことですが、チップバーンリスクも高まってきます。
表2-1 光合成の要因
光合成の最重要因子は光であり、光エネルギーを有効に利用することです。光源からの距離が短いことから、上葉と下葉では、光量に大きな違いが出てきます。光を拡散するには、反射シートが有効になります。また、光量が単に多ければ良いという訳ではなく、二酸化炭素供給が少なければ、光合成暗反応はあまり進みません。その結果、過剰な光りエネルギーで活性酸素を作り出す事になり、チップバーンを起こします。さらに、硝酸態窒素が少なければ、光合成反応に必要な酵素(ルビスコ)生産が少なくなり、光合成反応の速度が遅くなります。チップバーンの主原因であるカルシウムは蒸散による養水分移動で、葉先まで運ばれます。蒸散量を高めるためには飽差(栽培室湿度)と、風が必要になります。
人工光型植物工場の問題点(リスク)は、そのほとんどが、経時的に生じる複合要因が絡んできます。対策も一つではありません。
人工光型植物工場の課題
1)第一優先課題:大きく・高品質な野菜を短期間で栽培する。
2)第二優先課題:チップバーン対策
3)第三優先課題:食中毒菌陰性かつ低細菌数
4)第四優先課題:高品質。高糖度+低硝酸塩(美味しい野菜)、高カルシウム
なお、各失敗事例で重複した説明を記載していますが、事例毎に理解を深めて頂くことを目指しました。
1.チップバーン関連トラブル
事例1:冬場になったら、多発した。
1.何が起こったのか
夏場に稼働を開始した人工光型植物工場で、冬場になったらチップバーンが多発した。
< 栽培条件>
1)照度分布(参照:第3章 4.3.1 A工場稼働5ケ月後の測定データ)
光強度が光飽和点以上(照度約25000ルクス、光量子約350μmol m-2 s-1)であった。
2)栽培室温度(通路側20℃、栽培ベッド25℃、葉温20℃)、
栽培室湿度(通度側が75%以上、栽培ベッドと茎部の間が80~85%)
3)送風:栽培室の天井部にサーキュレーターが設置されていたが、サーキュレーター設置近くの栽培ベンチでも、設置のから見て最遠方側でも空気の動きもほとんどなかった。
2.原因は何であったのか
(1)高照度であり、照射光量も多かった。過剰光エネルギーが活性酸素を作り出し、光阻害が生じた。
照度が光飽和点以上で、日長時間<明期:暗期=6時間:2時間>が18時間であった。
他の植物工場では、光強度が光飽和点以下(照度約20,000ルクス)であった。
(2)栽培室の湿度が高くなった。
エアコンは冷房モードに入らないと除湿しない。冬場になり外気が寒くなり、栽培室内温度20℃の自動設定では、通風モードのまま推移する時間が多くなり、除湿が十分できなかった。湿度も高く、窓に結露することもあった。
(3)送風が十分でなかった。
サーキュレーターの台数が少ないので栽培室内の空気循環が悪く、空気移動しない場所もあった。
3.対策方法と目標到達点
《目標到達点:チップバーン発生を10%程度に抑える。》
(1)エアコンの設定を変える。複数台のエアコンがあれば、冷却モードと暖房モーどの二つの設定を行う。
(2)サーキュレーターの台数の増加と風向きを調整し、均一な空気循環となるようにする。
(3)日長時間サイクルを短縮するか、トータル日長時間を短くする。
例:<明期:暗期=6時間:2時間>⇒<明期:暗期=3時間:1時間>
⇒<明期:暗期=4時間:2時間>
事例2:光強度が強いとチップバーンが多発した。
1.チップバーンが多発した栽培条件
光強度が光飽和点以上(照度約25000ルクス、光量子約350μmol m-2 s-1)で、トータル日長時間が18時間、栽培室通路側温度(20℃)、栽培室通路側湿度(約70%)
2.原因は何であったのか (参照 第1章 1.5.2 光エネルギーで起こる光阻害
第3章 3.2 なぜ強すぎる光は光合成によくないのか?)
(1)光合成反応での余剰エネルギーが大きかった。
光強度が光飽和点以上あり、日長時間も18時間と長かったので、光合成明反応で生じる化学エネルギー生産量が大量であった。栽培室湿度が高いので飽差も少なく、空気の流れ(風)も少ないので葉温も高いままであった。化学エネルギーの消費量が少なく、その結果、余剰エネルギーが大きくなった。
半陰性植物のレタスは、完全人工光型植物工場で通常照射している10,000~20,000ルクスで光飽和することなく、光合成の明反応(光化学系)で余剰エネルギーが生じる事は少ない。余剰エネルギーが活性酸素生成を引き起こすことも少ない。活性酸素が光化学系を破壊もしくは修復を阻害する等の結果、枯れや、クロロフィルの破壊による変色等の光阻害を引き起こすが、それも少ない。ただし、連続照射時間が長いと光阻害を引き起こす。
(2)光エネルギーで起こる光阻害が生じた。
葉が受けた光エネルギーのうち、光合成や熱放散などで消費しきれない過剰な光エネルギーが活性酸素を生成させ、光合成反応にダメージを引き起こす。
3.対策方法と目標到達点 《目標到達点:チップバーン発生を10%程度に抑える。》
(1)『明反応によるエネルギー生産>暗反応によるエネルギー消費』を避ける。
1)差が少ない場合は、光呼吸等で光りエネルギーを消費するので、問題は無い。
2)差が大きい場合は、過剰の光エネルギーを消費する対策をとる。
対策1:1日の総日長時間を短くする。18時間⇒16時間⇒14時間のように、チップバーン発生が防げるまで、短縮する。
対策2:日長時間サイクルを短縮し、葉の最大膨圧を低める。
例:<明期:暗期=6時間:2時間>⇒<明期:暗期=3時間:1時間>
⇒<明期:暗期=4時間:2時間>⇒<明期:暗期=2時間:2時間>
(注)日長時間が短くなると光合成量も少なくなるので、生育は遅れる。チップバーンとの兼ね合いから、時間を設定する。
(2)湿度60±10%で管理する。収穫重量を高めるため、栽培室温度を高める場合は、送風機を設置する。複数台のエアコン設定を、冷却モードと暖房モーどの二つの設定を行う。
(3)サーキュレーターの台数の増加と風向きを調整し、均一な空気循環となるようにする。