はじめに
人工光型植物工場は、植物の周年安定生産が可能と言われています。
しかし、問題を起こさずに周年安定生産している植物工場は少ないのが現状です。
その理由の一つとして、各事業者のノウハウ部分、特に失敗事例の共有が出来ていないことが挙げられます。
栽培管理上の失敗事例の多くは、「チップバーン」です。この問題を解決できれば安定生産はほぼ可能となります。その他に生育の遅れや初期トラブル、設備の経年劣化、ヒューマンエラーなど多数ありますが、対策は容易です。
問題解決では、リスクの和が最少になるように問題解決を図る必要があります。 問題(リスクA)の対策を採ると、他の問題(リスクB)が生じてしまい、必ずしも全体最適になりません。リスクはゼロにならないのです。両方のバランス考えると、ゼロか100か、白か黒かではなく、グレーゾーンに解答があるのが通常です。
また、リスクの性質によって、対策も変わってきます。
1)対策に必要な費用はばくだいでも、リスクを限りなくゼロにすべき問題である。 2)対策費用を抑えリスクを出来るだけ減らせば良い問題である。
なお、植物にとっても、人工光型植物工場の事業者にとっても共通する第一優先課題は、「植物の成長を早める戦略が、生き残り戦略である。」ということであり、その上でチップバーン等のリスク対策を採ることだと考えています。
本著の構成は
第1章 トラブル事例として最も多い「チップバーン」の詳細解説 第2章 実際のトラブル事例から見る失敗要因とその解決策 第3章 第1章、第2章を理解するための詳細資料 としました。
なお、本著「失敗から学ぶ、人工光型植物工場」では、実際に起きた栽培管理の失敗と、 その問題を解決した対策および理由についてまとめたものです。
◎予めお断りしたい事
問題が解決出来れば良いのですから、つじつまを合わせる考え方でも良く、科学的な厳密性は横に置いています。
問題解決の手順は『栽培現場での疑問⇒知識入手⇒解答の仮説設定⇒確認作業⇒説明文書作成』を繰り返して、作成いたしました。
植物工場の施設は植物工場ごとで異なりますので、本著の内容が、全ての植物工場に当てはまるとは限りませんが、周年安定生産の一助になれば幸いです。
平成28年○月○ 日
大 山 敏 雄
目 次
はじめに
◎予めお断りしたい事
第1章:トラブル事例として最も多い「チップバーン」の詳細解説· 1
1.チップバーン(葉先枯れ症)とは何か· 3
1.1 チップバーンの分類· 3
1.1.1 葉先端部が褐色から黒色になる· 3
1.1.2 葉先端部が枯死した状態· 3
1.1.3 葉柄や葉脈に生じる赤色褐変 4
1.2 チップバーンの褐変化のメカニズム· 5
1.2.1 茎部切断後、分泌した乳汁が短時間で褐変する· 5
1.2.2 レタス等のカット野菜を貯蔵しておくと褐変する· 5
1.3 チップバーン発生と細胞強度· 5
1.3.1 チップバーンが新葉の葉先に発生しやすい· 5
(参照 第3章 21.葉中カルシウム分布 データ) 5
1.3.2 栽培環境による発生頻度と障害の程度· 6
1.3.3 チップバーンの要因· 6
1.4 細胞強度≧細胞膨圧にする。· 7
1.4.1 葉中のカルシウム濃度と細胞強度· 7
1.4.2 カルシウムの移動· 8
1.4.3 葉の先端部までカルシウムを届ける· 8
1.4.4 カルシウム吸収率を高める· 9
1.5 細胞強度を弱くする要因· 10
1.5.1 カリウム· 10
1.5.2 光エネルギーで起こる光阻害· 10
1.5.3 成長速度· 11
1.6 細胞膨圧を低くする。· 11
1.6.1 葉の膨圧は連続日長で高まる· 11
1.7 キャビテーション· 12
第2章:実際のトラブル事例から見る失敗要因とその解決策· 13
問題解決にあたり· 15
1.チップバーン関連トラブル· 16
事例1:冬場になったら、多発した。· 16
事例2:光強度が強いとチップバーンが多発した。· 17
事例3:日長時間サイクルを長くするとチップバーンの発生が増えた。· 18
事例4:栽培室温度を高めたら、チップバーンが多発した。· 19
事例5:湿度が80%以上になると、チップバーンが多発した。· 20
事例6:送風が不十分だと、チップバーンが多発した。· 21
事例7:栽培日数を延ばしたら、チップバーンが多発した。· 22
事例8:日長条件延長および栽培室温度上昇でチップバーンが多く発生した。· 23
事例9:補水が大量に入ると、チップバーンなどの生育障害が生じた。· 24
事例10:チップバーン発生や生育にバラツキが生じた· 25
事例11:リーフレタスの栽培条件では、サラダ菜はチップバーンが多発する。· 27
事例12:葉が蛍光灯に接触すると、葉焼けを生じた。· 28
事例13:アオコの多発で、苗の先部にチップバーンが生じた。· 29
事例14:アオコが多発すると、養液のpHが上昇し、苗の生育が悪くなった。· 30
2.成長速度に関連するトラブル· 31
事例15:育苗期の苗が小ぶりで、生育状態が悪くなった。· 31
事例16:通常の栽培日数で、成長が遅れた。· 32
<参考:設備完成直後の養生>· 34
事例17:湛液水耕で養液の流れが無いと、生育が遅れた。· 35
3.発芽~育苗に関するトラブル· 37
事例18:黄変したウレタン培地で発芽にバラツキが大きくなった。· 37
事例19:発芽にバラつきがあり、発芽率が低下した。· 38
事例20:苗の生育にバラツキがある。· 39
事例21:播種・育苗用養液に、水道水のみ使用すると生育が遅れた。· 41
事例22:苗が、いわゆる「もやし状態」になり、倒伏しやすくなった。· 42
4.細菌と品質維持· 43
事例23:チップバーン部位にカビが発生した。· 43
事例24: 包装後の製品の日持ちが、突然、悪くなった。· 44
事例25:包装袋内部に結露が多くなると、日持ちが悪くなった。· 44
事例26:細菌数の高い期間が続いた。· 45
事例27:収穫品で一時的に細菌数が増えた。· 45
事例28:アミノ酸配合肥料の追肥で、養液表面に菌膜が発生した。· 46
5.養液に関するトラブル· 47
事例29:養液更新を長期間行わないと、成長障害がみられた。· 47
事例30:養液温度が高温(25℃以上)になった。· 48
事例31:追肥AとBを一緒に溶解すると白濁を生じた。· 49
事例32:養液ベッドの洗浄時に、洗浄液が養液タンクに回収された。· 50
事例33:肥料成分濃度測定にバラツキが生じた。· 50
事例34:養液更新すると根が壊死し、その後1週間程度で新根が発根した。· 51
事例35:養液のpHが低下した。· 52
事例36:養液調整のダウン液(酸液)が大量に投入され、成長が遅れた。· 53
6.照明に関するトラブル· 54
事例37:LED照明だと、蛍光灯照射より葉の大小があり、ねじれ葉が生じた。· 54
事例38:栽培ベッドの内側と通路側で生育に差が生じた。· 55
事例39:電気代が高い。· 56
7.仮植~定植に関するトラブル· 57
事例40:バイオフィルムが発生し、生育が遅れた。· 57
事例41:定植期後半を低栄養状態で栽培すると、抽苔し花芽形成になった。· 58
事例42:栽培ベッド上で栽培パネルを移動する際、葉部を傷めた。· 59
8.収穫、包装に関するトラブル· 60
事例43:収穫ハサミの切断で、切り口切断面が荒れ、褐変が進んだ。· 60
事例44:包装時に茎部を折ると、折れ口が褐変した。· 61
事例45:エグ味が強く、野菜の本来の味が無く不味くなった。· 62
事例46:下部の葉が大きくなると茎部維管束にクラックが入った。· 63
事例47:ウレタン培地を付けたまま、出荷したらクレームがついた。· 65
9.栽培施設、設備· 66
事例48:配電盤内側や電気配管内部に結露を生じた· 66
事例49:蚊や虫、トカゲが入り込んだ。· 66
事例50:長時間ドアが開いたままだと、成長に差が生じた。· 67
事例51:小規模植物工場と大規模工場では、栽培条件が異なった。· 68
事例52:配管が詰まる。· 69
事例53:夏場になると養液温度が上がり、生育が遅れた。· 70
第3章:第1章、第2章を理解するための詳細資料· 71
1.レタスの褐変· 73
1.1 酵素的褐変· 73
1.1.1 褐変のメカニズム· 73
1.1.2 レタス等のカット野菜を貯蔵しておくと褐変する。· 73
1.1.3 カットレタスの褐変防止にはPAL活性の制御が重要になる。· 74
2.光合成· 75
2.1 光は光合成色素によって吸収される。· 76
2.1.1 光の吸収· 76
2.1.2 光質について· 76
3.光は毒にもなる。 78
3.1 葉緑体運動· 78
3.2 なぜ強すぎる光は光合成によくないのか?· 79
3.3 光合成の明反応と暗反応は、本質的に両者は独立である。· 80
3.3.1 明反応と暗反応のバランス· 80
3.3.2 光の過剰は単に光強度だけに依存するのではない。· 80
3.4 光阻害のメカニズム· 80
3.4.1 過剰エネルギー説· 80
3.4.2 マンガンクラスター説· 81
3.4.3 光呼吸· 81
4.光源· 82
4.1 光源の種類· 82
4.2 LEDと蛍光灯· 83
4.3 照度分布 <データ>· 85
4.3.1 A工場稼働5ケ月後の測定データ· 85
4.3.2 B工場の測定データ· 86
4.4 反射箱・反射シートの取り付け· 89
4.4.1 照度アップと2年4ケ月後の劣化· 89
4.4.2 白色枠による照度のアップ· 89
4.4.3 通路側の反射シート取り付けによる1株重量の増加· 90
4.5 光源設計の考え方· 91
4.5.1 照明と野菜の近接栽培は避ける。· 91
4.5.2 光合成量は葉と光源の距離にあるのではない。· 91
4.5.3 注意すべきことは、『光の無駄使いである』。· 91
4.5.4 蛍光管に葉を接触させてはならない。· 91
4.5.5 蛍光灯の特性· 92
5. 湿度と風· 94
5.1 二酸化炭素と養水分の供給を高める。· 94
5.2 風当てによる植物の生理反応· 95
6.栽培温度と成長速度· 96
6.1 栽培室温度· 96
6.2 根域(培養液)の温度· 96
6.2.1 根域(培養液)温度の影響· 96
6.2.2 昼間の温度と夜の温度の差· 97
6.2.3 高温による根の吸水阻害· 97
6.3 葉温と二酸化炭素の固定速度· 97
7.細胞壁· 98
7.1 細胞壁の硬さを調節· 98
7.2 一次壁は細胞が分裂して直ぐに出来る細胞壁のこと。· 98
7.3 二次壁· 98
7.4 中層は隣接する細胞壁同士が接するところ。· 99
7.5 カスパリー線· 99
7.6 原形質連絡(プラスモデスム)· 100
8.膨圧· 101
8.1 膨圧と浸透圧· 101
8.2 水ポテンシャル· 102
8.3 日長時間サイクルと膨圧· 102
9.溶解· 103
9.1 溶解とは· 103
9.1.1 気体の溶解度と温度の関係· 103
9.1.2 二酸化炭素の溶解度とpHの関係· 103
9.2 電気的中性の原理(pHが変化するメカニズム)· 104
10.養液· 105
10.1養液成分の溶解度とpH (養液のpH6.4 で管理する理由)· 105
10.2 培養液の白濁化について· 106
10.3 pHの養液管理幅は pH5.5~6.5とする。· 106
10.4 養分の拮抗作用· 107
10.4.1 養分の拮抗作用とは· 107
10.4.2 養分間の拮抗作用が発生するメカニズムの仮説· 107
10.5 養分の相乗作用· 108
10.6 植物の生長バランス要求· 109
10.7 養水分の移動· 110
10.7.1 ウレタン培地での養液の拡散· 110
10.7.2 水の輸送経路· 110
10.7.3 カルシウムの吸収および移動が遅い理由· 111
10.7.4 生体の物質の移動させる駆動力· 112
11.キャビテーション· 113
11.1 キャビテーシン発生のメカニズム· 113
11.2 温度の変化と培養液粘性が植物の水吸収に及ぼす影響· 113
11.3 気体の溶解度· 114
11.4 導管の太さとキャビテーション· 114
11.5 キャビテーションの修復· 114
12.水道水の使用· 115
12.1 水道水とクロラミン· 115
12.2 水道水の確認· 115
12.3 クロラミン(結合塩素)には次の3種類がある。· 115
13.栽培日数と栽培重量· 118
14.温度と湿度の関係· 118
15.栽培室内の湿度・温度のバラツキの測定一例· 119
16.野菜の美味しさ· 120
17.流通温度(保管温度)と呼吸· 121
18.収穫用はさみ(フローリストナイフ) 122
19.栽培装置· 123
19.1 白色枠· 123
19.2 栽培パネル移動時の作業状の注意点· 123
19.3 栽培パネル取り出し、挿入時の細菌汚染防止· 123
19.4 栽培ベッドの高さは野菜の背丈より5cm程度高くする。· 123
20.栽培管理· 124
20.1 苗半作について· 124
20.2 種子の保管について· 124
20.3 種子の発芽· 125
20.4 藻(アオコ)にはマイクロシスチン等の毒が報告されている。· 127
20.5 『もやし』対策· 128
20.5.1 「光当て」の管理である。· 128
20.5.2 『もやし』のメカニズム· 128
21. 葉中カルシウム分布 データ· 129
21.1 フリルレタスの葉中カルシウム分布· 129
21.2 リーフレタスの葉中カルシウム分布· 129
21.3 チップバーン発生とカルシウム濃度· 130
22.流通温度(保管温度)と呼吸· 131
23.収穫後日持ちする理由· 132
23.1健全な野菜· 132
23.2 植物病害防御機構・免疫システム· 132
23.2.1 静的抵抗性· 132
23.2.2 動的抵抗性· 133
23.2.3 呼吸作用を抑制する。· 133
24.生育を早める環境・栽培管理· 134
24.1 光環境光条件· 134
24.2 光強度と必須元素· 135
24.3 光合成と温度· 136
24.4 温度管理· 137
24.5 風と湿度· 138
24.6 栽培室の二酸化炭素濃度· 139
24.7 酸素・養液の根部への供給· 140
24.8 バラツキの少なく、生育の良い苗を使用する。· 141
24.9 栽培環境の安定化· 141
24.10 養液更新で微量成分欠乏や自家中毒を防いでいる。· 141
24.11 栽培段階に応じた養液管理· 141
25. 細菌の制御技術· 143
25.1 低細菌数の野菜を生産する為の基本的な考え方· 143
25.1.1 完全人工光型植物工場に食品工場の衛生管理手法を取り入れる。· 143
25.1.2 微酸性電解水中の次亜塩素酸(HOCl)· 144
25.1.3 細菌汚染· 145
25.1.4 養液(地下系)の殺菌は行わない。· 145
25.2 細菌検査· 146
25.3 食中毒菌制御の考え方· 147
25.3.1 食中毒菌感染防止方法· 148
25.3.2 食中毒菌対策として、養液殺菌を行わない理由· 148
25.4 栽培現場作業の細菌対策上の注意点· 149
26.水の温度の特異性· 150
26.1 “すきま”の水に関して不思議な現象が観測されている。· 150
26.2 水の温度と味覚の関係· 151
26.3 脂質二重層の流動性と生育温度· 151
26.4 4つの温度付近と脂質二重層の流動性· 152
おわりに· 153