1.3 チップバーン発生と細胞強度

膨圧≧細胞強度になると、乳管細胞が破裂してチップバーンを生じる。

例えば、ゴム風船を膨らましていくと、風船の内圧がゴムの強度以上になった点で、破裂

する。ゴム風船のゴム強度は細胞強度に相当し、細胞強度を決める最大の要因がカルシウムである。細胞強度は細胞壁強度で決まる。細胞壁が軟弱だと細胞内圧(膨圧)が勝り易くなり、細胞が破裂しやすくなる。

 対策の第一のポイントは細胞壁強度を強め、細胞膨圧を下げることである。

 

1.3.1 チップバーンが新葉の葉先に発生しやすい

チップバーンが新葉の葉先に発生しやすいのは、その細胞強度が弱いからである。

生長終了後の細胞は一次細胞壁の内側に二次細胞壁細胞壁を形成する。しかし、新葉や成長点の細胞の細胞壁は二次細胞壁の形成が不十分なため、細胞強度は弱い。

しかもカルシウム供給も少なくて、柔らかい細胞である。

(参照 第3章 21.葉中カルシウム分布 データ)

1.3.2 栽培環境による発生頻度と障害の程度

(1)チップバーンが発生する気温条件は、気温20℃を超え、気温が高くなるほど発生頻度が増加し、障害の程度も重度になった。25℃以上、さらに28℃以上の高気温条件で発生頻度が激増した。成長速度が速く、膨圧≧細胞強度になるからである。

(2)上記気温条件で、湿度が高くなると蒸散も少なくなり、チップバーンの発生頻度は増加し、障害の程度も重度になった。湿度条件は、例えば相対湿度が70%以上、特には80%以上になるとより多発する。さらに、レタスの株と栽培パネル間の空間湿度は栽培室湿度より10%程度高く、二酸化炭素の気孔への供給が少なくなる。その結果、光合成暗反応速度が低下するため余剰のエネルギーが活性酸素を作りだし、チップバーンを生じる。

(3)葉への空気の流れ(送風)がほとんど無いと、

1)二酸化炭素の葉への供給が遅れる。

2)蒸散による蒸発潜熱による葉温低下が少ない。ことなどチップバーンが多発した。   無風に近い栽培ベッドでは、風のある栽培ベッドより多発した。

(参照:第3章 3.光は毒にもなる。)

(4)定植後の養液を高窒素条件で栽培を行った場合にも、葉先枯れ症の発生頻度がさらに増加し、障害の程度も重度になった。成長速度に適したカルシウム供給が遅れ、膨圧≧細胞強度になるからである。

リーフレタス好ましい定植養液の硝酸態窒濃度は300ppm程度であり、仮植養液では 硝酸態窒濃度600ppmである。

定植栽培をそれ以上の硝酸態窒素濃度で行うと、チップバーンが発生し易くなった。

なお、栽培室温度が約20℃であれば、リーフレタスの生育重量は300ppmと600ppmでほぼ同等となるが、葉中のNO濃度は異なる。

養液中のNOが600ppmでは贅沢(ぜいたく)吸収して葉中のNOは4,000~5,000ppmとなり、養液中のNOが300ppmでは、葉中のNO濃度は約3,000ppmとなった。

 

1.3.3 チップバーンの要因

チップバーンの要因は複合的であり、単一の要因であることは少ない。

(1)葉中のカルシウム濃度

細胞の強度は細胞壁強度に依存する。

細胞壁強度の第一の要因はカルシウムである。カルシウムイオンはペクチン酸と複合体を形成し、細胞壁を強くする。細胞壁が軟弱だと、細胞内圧(膨圧)により破壊されやすい。細胞壁はセルロース、ヘミヘルロース、ペクチンカルシウムなどで構成される。ペクチンカルシウム複合体が細胞壁の空隙(くうげき)を埋めるので、細胞強度が高まる。

(2)カリウム不足

カリウムが不足すると細胞壁を構成するセルロースやヘミセルロース、壁と壁とを接着

役目を果たすペクチンが、作られなくなり、植物が軟弱になる。

(3)過剰な光エネルギーで起こる光阻害(光は毒にもなる)。

光過剰環境で、光合成色素に吸収された過剰な光エネルギーが活性酸素を作りだし、光阻害を引き起こす。レタスの光飽和点は25,000ルクスである。20,000ルクス以上や連続照射時間が長いとチップバーンが発生しやすくなる。

(4)栽培室内の湿度(飽差)と風

  人工光型植物工場では高湿度環境および送風が無いとチップバーンが発生しやすい。

  葉からの蒸散が少なくなり、蒸散流とともに供給されるカルシウムも少なくなる。

(5)栽培室温度(葉温)

栽培温度が高いと成長が早くなり、成長速度が速いと細胞中のカルシウム不足になりやすい。カルシウムは上の葉や先端部までは届き難い必須元素である。葉の成長が早いと、葉先端部への供給量が少なく、成長速度の速い収穫期にチップバーンの発生が多くなる。

(6)養液温度(根系の温度)

高温(生育は促進されるが、高すぎると)根の呼吸量増大 、根の活性低下、養水分吸収能低下(特にカルシウムの吸収低下)を引き起こす。溶存酸素量が低下し、根の酸素欠乏に陥りやすい。一方、人工光型植物工場で低温になることは無いと言える。

(7)マ ンガンクラスター

マンガンが光によって励起されて遊離し、酸素発生系が機能を失うことで、弱光環境でも光阻害が生じる。その為、チップバーンを完全に無くすことは難しい。

(8)キャビテーション 

  導管や仮導管にキャビテーション(気泡)が起こって修復されないと、水を供給する通導組織が減り、修復が起こらないような厳しい条件ではその部分は枯れてしまう。

 

1.4 細胞強度≧細胞膨圧にする。

 植物工場で使用する照度は、20,000ルクス以下であることが多い。その場合のチップバーン対策は、葉中のカルシウム濃度を制御することである。

 

1.4.1 葉中のカルシウム濃度と細胞強度

細胞の強度は細胞壁強度に依存し、細胞壁強度に影響する第一の要因はカルシウムである。

カルシウムイオンはペクチン酸と複合体を形成し、細胞壁を強くする。細胞壁が軟弱だと、細胞内圧(膨圧)により破壊されやすい。

細胞壁はセルロース、ヘミセルロース、ペクチンカルシウムなどで構成される。ペクチンカルシウム複合体が細胞壁の空隙を埋めるので、細胞強度が高まる。

<比喩的説明:例えば、鉄筋コンクリートの建物のセメントように>

鉄筋コンクリートは鉄筋と小石とセメントから構成され、強度を得る。セメントが無ければ強度は出ない。細胞壁を鉄筋コンクリートに置き換えて考えてみると、セルロース=鉄筋、ヘミセルロース=小石、ペクチンカルシウム=セメントに相当する。細胞強度を作り出す細胞壁マトリックスは、セルロース(鉄筋に相当)とヘミセルロース(小石に相当)、ペクチン質を主成分とする高分子多糖類(ペクチンカルシウム)とから構成される。

<乳管>

多くの植物では、乳液系は茎または根の成長点に沿って列を成す細胞で構成されている。これらの細胞の間の細胞壁は固着して一続きの管となっており、これは乳管と呼ばれる。

  養水分は、根の根毛から吸収され、根の細胞、根の道管、茎の道管、葉柄の道管、葉の組織の道管、葉肉細胞、気孔を経て、水蒸気として大気中に放出される。

根から大気への水の流れの原動力は、葉の細胞間隙から気孔を経て蒸散する。蒸散により水が水蒸気となり、葉肉細胞の水分が低下するためであり、この水の流れを蒸散流とよぶ。

水が充分供給されていれば、気孔を開くことができ、蒸散流が多くなり、二酸化炭素を充分に葉緑体に供給できる。水分が不足すると気孔が閉じるようになり、二酸化炭素の葉緑体への供給が抑えられ、光合成が低下する。このように蒸散作用による水の吸収、移動は、植物の細胞活動に必要な水の供給、光合成のための二酸化炭素吸収、無機養分の吸収、移動、そして葉の温度調節の役割をもつ。