完全人工光型植物工場の管理マニュアル 第3回 第1章 栽培管理・制御技術の総論

1.栽培管理・制御技術の視点
1.1 光合成と呼吸の関係を土台に、必須栄養素(元素)を考える。
(1)植物の必須元素は17種といわれており、炭素(45%)、酸素(45%)、水素(6%)で全体の96%になる。炭素と酸素は空気中の二酸化炭素として葉の気孔から吸収され、残りの必須元素の4%は水とともに主として根から吸収される。
(2)光合成は、植物の葉の葉緑素で光エネルギーを化学的エネルギーに変換し、二酸化炭素と水から糖と酸素を合成する。葉の光吸収率は80%以上ある。
(3)呼吸は、糖と酸素からエネルギー(ATP)を獲得し、ATPを用いて同化作用を行う。
光合成と呼吸は化学エネルギー(ATP)獲得という点では同じだが、光合成で作られる糖と酸素が、植物生長の土台でありエンジンである。
(4)栽培管理・制御方法を理解する上で、『生命の営みは、動物も植物も基本メカニズムは同じと考えられる』であり、同じ生命であるならば、良く知っている存在の人間について『たとえば、○○のように』とアナロジー(類比思考法)で考えると分かりやすい。
図1-1 動物と植物の成長の関係図
図の説明:
1)光合成生産物が植物の生長の土台となる。
 光合成は光エネルギーを利用して、二酸化炭素と水から糖と酸素を作りだす。
2)この糖と酸素が生命活動に利用される。
酸素と糖は、植物では主に転流により、動物は血液の循環により全身に運ばれる。
3)栄養素の取り入れ口は、植物は気孔と根であり、動物は鼻と口。            4)各組織に運ばれた酸素と糖は、呼吸によりATPが合成され、生命は維持され生長する。
5)強光下では、人間はメラニン色素作る事で肌を守るが皮膚癌にもつながる。植物では光阻害を生じる。いずれも過剰の光エネルギーから活性酸素が作り出され害を及ぼす。
6)ATPは貯蔵できず、1分以内に消費されるので、絶えず酸素供給する必要がある。
  

図1-2 光の吸収と透過、反射
1.2 植物には「損」な栽培環境でも、人間には「得」であれば採用する。
完全人工光型植物工場で光の照度を野菜の光飽和点以上で長時間栽培すると、チップバーンや生理障害が発生し、健全な野菜の栽培が出来ない事を多くの完全人工光型植物工場が経験している。その対策方法として①光量を少なくする、②養液濃度を下げて成長を遅くする、③収穫時期を早めて小ぶりで収穫する等々の栽培方法で、チップバーンを最小限に抑えている。それらの方法は、植物には「損」な「光合成の効率を下げる調節メカニズム」を組み合わせたものである。葉の硝酸塩濃度やカリウム濃度を低下させる方法も、光合成効率を無視した栽培方法である。

1.3 修復可能範囲および適応可能範囲で栽培管理する。
人間は少々怪我しても直ぐに修復するメカニズムを有している。植物も同じであり、修復機能があると考えるのが自然である。強光により光合成反応系の一部に損傷をうけても、直ぐに修復されて元通りになるが、余剰光エネルギーにより不可逆な修復不可能な状態になれば壊死することになる。これは、光反応により生成される有害な活性酸素が、色素やタンパク質を破壊することで生じると言われている。破壊されたシステムを修復し、さらに保護メカニズム等が働くように栽培条件を管理することで光合成反応を制御する必要がある。
 人間は環境に適応して生存している。同様に植物も環境に適応する。生物の遺伝子発現には環境が重要といわれている。エピゲノムの研究も進んでいる。 
何かトラブルが生じても、その期間が短時間であれば修復する。
2.植物の成長と植物体内のエネルギーの関係
2.1 植物成長での糖とATPの働き
光量と二酸化炭素濃度は光合成効率を決める最重要因子である。光が強すぎると、二酸化
炭素の供給が追い付かなくなり、植物は光合成の反応を空振りさせて強すぎる光に対処する。そこで、二酸化炭素濃度を高めると光合成反応は上手く回るようになるが、リンの濃度が低いと光合成速度は上がらず成長スピードは遅くなる。また窒素が大量になければ、光合成の炭酸同化に必要なルビスコという酵素が不足する。以上のことは、植物が取り込む二酸化炭素が多くなると各肥料の要求する量も変化してくることを意味する。 
図1-3 植物成長での糖とATPの働き

<補足1>植物の光合成作用のことを「基礎生産」または一次生産という
光合成は光エネルギーを利用して、二酸化炭素と水から糖と酸素を作りだす。
光合成 : 6CO2 + 12H2O+光エネルギー → C6H12O6 + 6H2O + 6O2
呼吸   :C6H12O6 + 6H2O + 6O2 → 6CO2 + 12H2O+38ATP(獲得エネルギー)